「取って」
玲瓏たる声が命じた。
決して強くはない言葉は、懇願に似た言霊だ。
逆らうことなど思いつきもせず、山本は言われるままに右目を覆う包帯を解いた。
血のこびりついたガーゼを取ると、そこには甘い色の肉を覗かせた裂傷が表れた。
深くはないが多くの出血を伴った傷口。
包帯を床に落とした山本に、凄絶な微笑を浮かべた雲雀がそっと手を伸ばした。
少し硬い指先が山本の顔に触れる。
遠慮を知らない傲慢な手が山本の精悍な顔を包み込み、雲雀は口元を笑ませたまま顔を近づけた。
雲雀は半月形にしならせていたくちびるを開き、赤い舌を覗かせた。
内臓に似てやわらかく温かな舌がそっと傷口を這う。
その瞬間に山本が感じたのは、じくじくとした痛み。そしてそれを遥か凌駕するざわざわとした欲望。
下腹部に渦巻く欲情は耐え難いほどで、山本はくちびるを噛んで獰猛な欲望を押さえ込んだ。
「瞼の傷はね」
傷口から尚も流れる血を舐め取って、雲雀は熱っぽく囁いた。
「こうしていじり続けると、裂傷はやがて大きくなり、いつか瞼を欠落させる」
「……そりゃ困るな」
野球ができなくなる。
呟いた山本の声は確かなものであったのに、その裏に潜む虚勢と願望を正確に雲雀は見抜いた。
山本の言葉が本気であるなら、何故雲雀を止めないのか。
尚も美味そうにぴちゃぴちゃと音を立てて傷口をもてあそぶ雲雀を、彼は止めることができない。
止めようとは思わない。
痛みとともに雲雀から与えられる官能が、山本を支配しているからだ。
くすくすと嘲弄に似た愛情深い笑い声をこぼし、雲雀はこの瞼が落ちたらと囁いた。
「僕が食べてあげよう」
にたりと笑った雲雀の口元は、ぬらぬらと光る赤い血で染まり、この世のものとは思えぬほどに美しかった。
〔落幕〕
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